
mardi 20 mars 2007【 談合 】
—— プシュ
この頃つらつら思うこと。まずは談合である。知事もかかわる地方自治体の談合事件や、名古屋の地下鉄の談合事件など、談合は後を絶たない。かなり根深いものがあることは間違いないだろうが、マスコミの論調で一つ気になるのは、ゼネコン各社は2005年の末に談合決別宣言をしたのにかかわらず、いまだに談合を続けているという意見だ。
競争入札を文字通り単純競争入札だと考えれば、他社より一円でも安い入札金額を提示すれば、その工事を落札できる。早い話、他社を出し抜けばいいのだ。しかしこれができない。
談合の体質が骨の髄までしみ込んでいるうえに、談合の組織も構造も、基本的には変わっていないから。入札金額を予定価格に限りなく近づけることによって、自社も最大の利益を上げ、ゼネコン各社も潤い共存共栄をはかることができる談合こそが、最良なシステムであると信じているに違いない。
世間がうるさく言うから、仕方がなく談合はよくないという形式を整えているだけであろう。よそも談合をやめるなら、うちもやめる。だから決別もみんなで一緒にとなる。談合を決別しようと談合するから、共同での談合決別宣言という何とも奇妙な宣言をすることになる。談合決別宣言などをしていること自体が、談合体質が変わらぬことの表れではないのか。
談合を継続して行うのは実際簡単ではない。順番に受注する会社を仕切り、利益がある一定の比率でゼネコン各社に割り振られて行き、何より談合していることをマスコミなどに悟られぬように、鉄の結束を守らなければならない。予定価格すれすれで落札されても、受注した会社も、建設業界も、発注した地方自治体などの公共団体も、税金が無駄に使われるだけで、誰も損をするわけではない。
税金を払っている国民が損をしていることは確かだが、税金が食い物にされてきたのは、有史以来のことだ。税金に巣くうことで、自社も業界も潤ってきた談合という温ま湯体質に慣れきっているゼネコン各社に、今日からはベアナックルのどつきあいだといってみても、そう簡単にできるものとは思えない。
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