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dornblatt
*vendredi 16 mars 2007

【 つらつらとうつらうつら 】

—— 虚貝
に打ち上げられる予定の月探査機「セレーネ=かぐや」。
寄せられたメッセージやその名前などを刻んだプレートをもって打ち上げられるのだそうだ。それに応募してきた人数が41万2627通。当初の目標は100万通だったらしい。
将来、遠い外宇宙からの、自然にできたものではないと思われる漂流物が発見され、それに何かしら記号など情報が書かれていたと想像してみる。わくわくする。
しかし絶対ありそうもないことではあるが、それが解読され、それらすべてがそれを送った生物の個(人)名だったと想像する。「なんだよ、名前かよ」と突っ込みたくなるのは私だけだろうか。
「自分の名前がロケットに乗って月に行くなんて、なんか夢のある話じゃないですか」と、どこかで絶対語られたような気がする(あくまで想像だけど)。しかしいつも思うのだが、この『夢』ってなんだ。
「いろいろなことがわかっちゃうと、夢が無くなっちゃうよね」というのもよく聞く気がする。この『夢』ってなんだ。
夢は、言うまでもなくその人が生活している時代と環境と、そしてその知識に束縛され、知識が増えたり変化したりすれば、おのずとその夢も変貌していく。決していろんなことがわかったからといって、夢が減っていくなんてことはありえない。ただ自分と違う環境や知識の中で生きている人の夢は、そうでない人に理解され難いにすぎない。
相手の夢が理解できないからといって、それを“無い”と決めつけてしまう人は、またなんと夢のない人だ。
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