db
dornblatt
*dimanche 21 janvier 2007

【 「なめる」を甘く見るなかれ 】

—— j
人の部屋で映画を見ていて、登場人物が「なめんじゃねぇ」と叫んだシーンで、ふと、なぜに「なめる」なのかと疑問に思い、そのとき頭に浮かんだその問いを、なんとはなしに口にしていたのでした。
すると、横でごろっとしながら一緒に見ていた友人が「それは簡単なことだ」と言うではありませんか。
友人が申すに——
世の中には「甘く見る」という言葉がある。ことに対処するにあたって、考えがたりず不十分であることを意味する。映画のあのシーンで登場人物が言うとすれば「甘く見るんじゃねぇ」とでもいうのであろう。
この「甘い」から当然のようにして「舐める」という言葉が連想される。甘いものは舐めたくなる、ということである。よって「甘く見るんじゃねぇ」と同等の意味として「舐めんじゃねぇ」ということになるのである。
——と。
なるほど!! 至極もっともである、ということで、大変感心した私は、友とそのまま映画を見続けたのでした。
しかし、ひとりになってみると、いや待て、あやつには過去に数々嘘を教えられてきたという前科があったではないか、と思い返し、辞書をぱらぱらとめくってみると、やはり!
「なめる」というのは、形容詞『無礼し=なめし』の語幹「無礼=なめ」の動詞化したものである。
「なめ」は「なめらか」の“なめ”と同源で、原義のぬるぬると滑る感じ、から転じて、相手をないがしろにする態度という意味となる。
と説明されていたのでした。
それにしても、信用できない友をもったことが不幸なのか、友を信用できない私の性格が不幸なのか、どちらとも判断がつかない今日このごろなのでございます。
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