
dimanche 14 janvier 2007【 すぐ聞くは末代の恥 】
—— 虚貝
わからないことがあって、ネットで検索などをしたとき、なかなか必要な情報にたどり着けないときがある。そんなとき少なからずイライラすることになる。
しかしそんな自分に少し思うことがある。
「聞くはいっときの恥、聞かぬは末代の恥」という言葉がある。人にものを尋ねることが恥ずかしいからといって、知らないまま過ごしていると、それはやがてもっと大きな恥となってかえってくるであろう、という意味だと思われる。
この中心にあるのは、無知の恥 もさることながら、人にものを教えてもらうことは、本来「恥ずかしいこと」なのである、ということである。
ネットでの検索で必要な情報がみつからないとき、この恥を感じることもなく、もどかしさばかりがつのる。しかしこのことは、知識に対する価値を軽んじることにつながっていると思う。
知識というものは、疑問から回答へたどり着く、それに付随する諸々のことをすべて含んでいうことであるはずであるのに、ネットで検索をしていると、知識は「疑問→回答」であり、過程など意味がないという錯覚を覚える。
知識に対する価値を軽んじることは、たとえば——
あることを研究してきた学者にも答えられない「問い」というものが世の中にはある。当然私などに答えられるはずもない。しかし答えを「知らない」という一点において、学者も私も同等である。よって学者も私もその分からない問題についての発言は、同等の重みを持つ
——という誤解を与える。その学者がいう「知らない」と、私がいう「知らない」は、意味も重みも違うはずなのにである。
昔の人がいう、人にものを尋ねるときの「恥」というのは、知識を持っている人がその過程でしてきた努力にたいする称賛の裏返し、努力せぬ自分に対する戒めであったに違いない。
反省する。
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