
samedi 10 septembre 2005【 歴代の最高不信任率は15.2%だそうです 】
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衆議院議員総選挙には、最高裁判所裁判官国民審査が、付録としてついてきます。罷免すべき裁判官にのみ“×”をつけるという、あれです。
友達から暇人と呼ばれようと、事実暇人なのですが、毎回必ず私なりに判断を下すことにしています。審査対象の裁判官が関わった判例について、自分の考えとあわない裁判官をチェックするわけなのですが、これをしながら毎回疑問に思うことに、いくら何でも、この国民審査というのは、形式的にも意味を成すのだろうかということです。
せめて“×”だけでなく“○”をつけるという行動も許すべきだと思うわけですが、その前に、私なんぞに裁判官の判断ができるのかという、すごく倫理的な根本問題がある上、現実的に裁判官の任命権が首相にあり、その首相が政権交代のない土壌の上で選出されているとき、裁判官の国民審査とはなんぞやということなどを考えてしまうわけです。
しかし国民審査のとき以外、最高裁の裁判官の名前をみることなど皆無に近いので、良い機会といえばよい機会。かりに間違えて“×”をつけても、なんの影響もないことですし、明日は前向きに“×”をつけることにしたいと思います。
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